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漆を塗るしごと
秋本番、塗り師はお正月に向けて、汁椀の注文に追われる真っ最中。
そんな折、上塗りの工程を見せていただくため
作者の玉山保男さんの工房を訪ねました。
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本朱汁椀と黒漆汁椀
花田が長年玉山さんにお願いしているのは、本朱汁椀と黒漆汁椀です。
材は国産の広葉樹を使用
キメ細やかな木質は、シンプルなデザインと調和して
洗練された汁椀として完成。長年にわたり多くの人に選ばれて来ました。
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いくつもの工程を経て
塗りの仕事は、いくつもの工程を経て仕上げます。
木固め(きがため)、下塗り、中塗り、上塗りと
それぞれに「塗る」「乾かす」下塗り以降は「研ぐ」を
何度も繰り返し、手間と時間をかけて作業を進めます。
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木固め(きがため)、下塗り
生地師が木を削り出し、汁椀の形を作り
完成した木地から、塗り師の仕事が始まります。
まずはサンドペーパーで、小さな凹凸を取り除き
丁寧にみがいた木地にたっぷりと漆をしみ込ませます。
ここでしっかり木固めを行うことにより
木地の水分の吸収や乾燥による収縮を防ぎ、丈夫な木のうつわが出来上がります。
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下塗り、中塗り
塗りと研ぎを繰り返し、漆の塗膜に厚みを付けていきます。
中塗りに漆を使い、砥石で研ぎを繰り返す技法は
漆の産地という強みを生かした、浄法寺塗りならではの技法です。
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実際には目に触れない部分ですが、下塗りと中塗りは
漆器を丈夫に仕上げるための大事な工程です。
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上塗り
最後の工程、上塗りは特別な部屋で作業します。
上塗りは、塵ひとつの付着も許されないため
上塗り部屋といって、他と遮断し隔離された空間で作業をします。
上塗りの前にはひと仕事。部屋の中隅々を拭き上げ、道具の準部が整ったら
塗り師も上塗り用の作業着に着替えて入室します。
すべては最後の塗りを完璧に仕上げる為、細心の注意を払います。
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道具
塗りに用いる刷毛は女性の髪の毛で作る希少なもの。
普段は道具箱に入れて蓋をし、埃や塵がつくのを防ぎます。
玉山さんも独自の仕切りを付けた箱に、きれいに仕舞ってありました。
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刷毛は独特の作りで、持ち手の部分にも毛が入っており
少しずつ繰り出しながら使うのだそうです。
刷毛は出しすぎても、少なくても塗り難くなるので、調整は慎重に行います。
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塗り始める前に、刷毛に埃や塵が付いてないかを確認します。
刷毛に少量の漆を含ませ、ヘラでしごき付着物を取り除きます。
完全に取り除くため、作業を3~4回繰り返します。
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次は漆器本体の埃を落とします。
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埃や塵は上塗りの大敵。
ひとつずつ、作業のたびに入念に行います。
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いよいよ塗りに入ります。
玉山さんが使うのは、国産の浄法寺漆です。
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ここからは手早く塗りが進みます。
まずは内側から。
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刷毛とうつわを動かし、グルッグルッと塗られていきます。
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想像していたより、かなり早い手さばきで作業が進みます。
刷毛に含ませる漆は、無駄なく適量で1回でサッと行います。
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内側を数回塗ったら、次は外側へ。
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高台の際など、細かい部分を丁寧に仕上げて行きます。
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塗りたての瑞々しい漆。
こちらはロクロ目を生かした汁椀。
細いロクロ目に漆がかかり、水文のような文様が浮かび上がります。
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湿度の高い回転風呂(漆を乾燥させる棚)に入れます。
漆が垂れてムラが出来ないよう、一定時間ごとに回転させながら乾燥させて
最後の工程が進みます。
回転や乾燥の時間は、漆の状態や気候をみながら毎回調整するそうです。
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上塗りを終えて、部屋から出てくるとホッとひと安心。
あとは乾燥の具合を確かめながら、完成を待ちます。
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道具の手入れ
次は道具の手入れです。
塗りに使った刷毛の洗浄。刷毛に付いた漆を油で落とします。
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漆を取る作業は入念に行います。
もし漆を取り損ねてしまうと、漆が乾いて硬化してしまい
刷毛が使いものにならなくなってしまうからです。
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油をきれいに拭き取って、次の上塗りに備えます。
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刷毛は新しい毛を繰り出しながら何年も使います。
塗り師にとって、刷毛は商売道具であり、大切な仕事の相棒なのです。
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完成
上塗りだけでこの作業工程。
ひとつひとつを丁寧に行わなくてはならない、繊細な仕事だとわかりました。
しかも使う漆は同じ浄法寺産であっても、採取した年の気候や時期により
微妙に状態が異なるので、漆の調合にも気を配らなくてはなりません。
毎回塗りのタイミングや乾燥に注意を払いながら
汁椀は作られているのです。
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丁寧な塗りを重ねて出来上がった汁椀。
シンプルな浄法寺塗の美しさは、普段の暮らしに上質な潤いをもたらします。
しかし、玉山さんをはじめ浄法寺の塗り師は、皆口を揃えて言います。
「木地が良いから」「漆が良いから」と。
木地師、漆掻き師、塗り師はお互いの仕事を尊敬し
漆の産地という地の利に感謝し、協力し合って日々の仕事に励む作者。
そうして根付いた強い結びつきが、浄法寺の漆器を支えているのですね。
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盛岡駅までの帰り道、玉山さんが話してくださいました。
「俺なんか、図面がないと何の説明も出来ないんだけど、岩舘さんと米蔵さん
(岩手県洋野町の木地師 佐々木米蔵さん)はスゴイよ。
いつだったか岩舘さんが米蔵さんに、木地の依頼をしている所に居合わせたんだけど
細かい寸法の指定が一切ないの。『あんな感じで、こんな風に』みたいな。
それで米蔵さん『ああ、わかった。やっておく』だって。俺はびっくりしたね~。
その時この2人には敵わないな、と思ったね。」
「米蔵さんは本当に凄いんだ。自分でも気づかなかったんだけど、
塗り師の意図を汲んでくれるんだよね。
気づかなかったというのは、完成した木地を見てもわからなかったから。
ある日米蔵さんの工房に行った時、俺が起した図面に、米蔵さんのメモが書き加えてあって
それで初めて知ったんだ。
それは自分では図面に表せなかった部分だったんだよね。
米蔵さんは、こういうことをやりたいんだろうなって
俺より俺のことわかってくれていたんだよ」
玉山さんは、自分の塗りのことより熱心に話してくださいました。
11月に入り、玉山さんから電話がありました。
「木地師の佐々木米蔵さんが、現代の名工(※)に選ばれました!」
誇らしげに弾んだ声。
浄法寺の塗り師の皆さんが心から嬉しく思い、米蔵さんを祝福している・・・
その光景が目に浮かぶようでした。
※厚生労働省が表彰する「現代の名工」
「卓越した技能者(現代の名工)の表彰」は昭和42年に創設した制度です。
卓越した技能を持ち、その道で第一人者と目されている技能者を表彰するもので、
技能の世界で活躍する職人や技能の世界を志す若者に目標を示し、
技能者の地位と技能水準の向上を図ることを目的としています。
▼浄法寺で開催される 年に一度の漆の品評会、共進会2017年のレポートはこちらから▼