高橋みどりさんインタビュー


わたしが楽しんでいること、伝えたいこと

今回はフードスタイリストの高橋みどりさんにお話しを伺いました。
毎日を自分らしく暮らすことを大切にしながら、 食やうつわについて、ご自身が信じることを伝え続けます。
高橋さんにとって、豊かな暮らし、楽しい食卓、良いうつわとはどのようなものなのでしょうか。



自分が心から楽しんでいることを伝えたい

花田: 高橋さんにとって今の仕事の魅力はどのようなものなのでしょうか。(以下 花田-)

高橋: 今、自分が楽しいと思っている食生活を伝えられるということです。
自分はグルメですとか、料理上手ということを言いたいわけではなくて、自分の家でリラックスして食べるごはんは楽しくて、結果それはおいしいに繋がるということを。
自分で作った料理でも、好きなうつわに盛れば、おいしそうと思える・・・春先に新しい服を着て、ちょっと自分がステキになったような気分になれるのと一緒。
買ってきたばかりのうつわを、まずは水通しすると、うつわがキラキラしてきてワクワクする。
そういう自分が長年楽しんできた決して特別ではないことを、料理本などを通じて、伝えたいと思っています。

-: 高橋さんのお仕事とご自身の日々の生活はお互いがとても近くに位置しています。

高橋: スタイリングや料理本の仕事をする時、今の自分にとってそのことが本当に伝えたいことなのかをじっくり考えます。

-: 変わってくることでもあります。

高橋: もちろん自分自身年も取るし、食べるものも変わる、そうすれば、楽しいことも変わっていきます。
外食が楽しい時代もあるし、家で落ち着いて食べるのが一番だよねって時もある。

-: その時の自分に正直なものを伝えていきたいということですね。

高橋: 若い頃に、すごく忙しくしていたある時「自分は家で料理作っている時間が無いのに、家庭料理の本を作っている・・・」ってふと気づいたことがありました。
いち生活者であることを基盤にこの仕事をしないと、発信することに意味やリアリティが無くなってしまう。
「なんとなく可愛い」とか「なんとなく格好いい」という絵面から、本当のおいしいは伝わらないと思いました。
うつわのことや食のことを聞くなら、つまらない食生活を送っている人より、普段から楽しく食べている人からのほうがいいでしょう(笑)。

-: その通りです!

高橋: 例えば「今日は夫がいないから、ひとりで食べるのが寂しい」なんて言われることがあるけれど、「いやいや!ひとりでも楽しいわよ!」って言いたい。
わたし、ひとり暮らしの時も今も、食事の時間はずっと楽しいもの。

-: 高橋さんの本に「ひとりよりは二人のほうが楽しいけれど、二人でいても寂しいのはもっと悲しい。だから基本はひとりでも、ちゃんと自分らしく気持ちよくしていたい・・・」という一節がありますよね。
印象に残っています。

高橋: 何人であろうと、基本は私自身が気持ちよく楽しくなければ。
うちは夫も私も食いしん坊でのんべいだから(笑)、ふたりで食べていると「うーん、次は俺が作るか」なんて夫が料理を始めたり。
会話が盛り上がり、「じゃあワインもう一本あけちゃうか!」みたいな・・・そういう楽しい時間です。
そんな他愛もないことが大切かなと。



食卓も本棚と一緒

-: 高橋さんの本のタイトルの多くには「わたしの」「あなたの」や「うちの」という言葉が含まれます。

高橋: 「わたしの」と付けるのは、わたしのであって、あなたのではないのよ、ということです。
こういうものにルールはありません。
よくどんなうつわを買ったらいいかと聞かれますが「わたしは、家ではこういう料理を作って、こんなうつわが好きだからこれを選んだけれど、あなたは普段、家で何を食べているかを、まずは考えてみて」と答えます。
そうすると「外ではフレンチやイタリアンを食べるのが好きだけれど、家では炊きたてのご飯に焼き魚が好き」とかに気づく。
それなら、ごはんがおいしそうに映える飯碗や、平なお皿が必要なのだと見えてくるものがある。

-: 高橋さんはご自身の好きなものや選んだものそのものを奨めたり伝えたりしようとしているわけではない。
こうやってうつわを選んだとか、楽しんだとかっていう考え方であって、自分の好きなものを探すヒントをくれているような気がします。

高橋: 今みたいな春先には「失敗しない器選びとか、まず何を買ったらいいか」ってよく聞かれます。
「八寸皿便利だよ」って答えるのではなく、家では何を食べることが多いか、どういうものが好きか、自分の好みを考えてみようとアドバイスします。

-: 一度に全てではなく、少しずつ揃えていったほうがいいとも思います。

高橋: 母親には「1人暮らしを始めるときに、まず自分のための漆のお椀を選びなさい」と言われました。
そういうものを買える時期ってあると思うんです。
金銭的にもそうだけど、判断を出来るようになる、という意味でも。
初めてお椀を買おうとしている人に「最初から6個そろいで買ったほうがいいですか」って聞かれると、「若い頃にそんな買っちゃうと、重くない?」って(笑)。
一個からでいいんです。

-: 買い足せるものも沢山ありますからね。

高橋: あとは普段から、自分が何センチくらいのうつわをよく使うのか知っておくと、展覧会やお店に行った時に迷わない。
ビデオ借りに行った時に、今日どういう方向の映画を見ようっていうイメージがないと、迷ってしまい結局何も借りずに帰ってくるか、つまんないもの借りて失敗みたいなことと一緒。
自分の好みとサイズ感が頭にあるといい。
違うテイストのお皿でも、サイズが合えば、まとまりはとれるから。
友達が来たときに、同じサイズのいろんなテイストのお皿があれば、むしろ楽しく思える。

-: 自分の食卓のイメージを持つということですね。

高橋: 結論は「ルールなんて無い」ってこと。
でも「使おうよ」ということは、何度でも言いたい。「うつわは使ってこそ楽しい」と。
あとね・・・身も蓋もないかもしれないけど・・・失敗はあるよ!失敗を恐れてどうするの!努力しても使えなかったら、それを好きな人に譲ればいいじゃない。

-: 失敗はあるよ!っていいですね。

高橋: そして「自分の」というのは、誰の為でもない、自分の為自分らしいものをということ。
例えば、女性にとっての洋服や化粧品。自分に合う、合わないってありますよね。
うつわもそういう考え方をしたほうが楽しいと思います。
そのうつわがあなたの食に合うか合わないかって。
ヘアスタイルも金髪モデルの写真を美容院に持っていっても、合うわけありません。
うつわも、中に入れるものがそれぞれ違うんだから。
見てくれよりも、使って楽しい、着て楽しいっていうものを探すべきです。
食卓にも色々なうつわがあって、このまとまりがあなたらしいよね、っていうのが理想です。
本棚と一緒で、その人らしい食卓って誰かと全く同じになる訳がない。
正解とか間違っているとか言われるものでもないし。
お友達の家に呼ばれて、贅沢なものが出てこなくても、その人の食卓がその人らしいと、いいなあって思います。



うつわをもっと好きになる

高橋: 最近は、作る人の名前がブランドのようになってしまって、むしろ益子焼とか産地名での呼び方はあまり聞かなくなってきている。
小さい時は母親に「春慶塗の蓋物出してきて」って言われたり、お正月用の塗りのお椀があったり、お客様にはいつもとは違う萩焼の湯呑が出される・・・そういうことを覚えているんです。
何となく生活の中で触れていたそういうものや言葉を最近は耳にしなくなってきたかな。
作家の名前も大事だけど、これ○○焼きとか、この焼き締め、いいねとか、これつちものだから使う前に水に入れておいたほうがいいね、とか。
そういう言葉がもっと会話に出てきてもいいなと思います。
それでハードルが高くなるとは思いませんし、日本人の知識として貴重だなって思えることは、自分の本の中でも伝えようとしています。
それは「はなだより」にも書いてありますよね。
「格好いい」とか「美しい」だけじゃ伝わらない。
メッセージは大切です。

-: 僕らも「はなだより」を始めたのは、例えば漆の色々な話を知ることで、もっと面白くなるし、もっとそれを好きになれると思ったからなんです。

高橋: 知ることは面白いし、だから大事にしようって思える。
作陶展に伺い、作家に会って、うつわを見るだけではなく、土の話とかいろいろと尋ねることも楽しいですよね。

-: モノに対して夢が膨らみます。
そういう思いも含めて、自分の食卓を作り上げていくことが楽しいのですね。



葉っぱでも食べられる

-: 高橋さんにとって良い器とはどんなものですか。

高橋: 作り手の主張のためのうつわではなく、いいものを作りたい、おいしく食べてもらいたいっていう気持ちで作っている人のものはグッと来るし、後から見るとそういうものを選んでいることが多い。
「あ、これ花岡さんだったっけ?」ってたまに思い出すくらいが丁度いい。
例えば焼き締めのどら鉢に、カットしたパン・ド・カンパーニュかなんかをザクザクとバスケットに入れるように盛ってもいいと思う。
なんでも受け入れてくれる、器の大きいうつわが好きです。懐の深いという意味で。
作り手がちゃんと技術をもっていることも勿論大切。
安心して使えますよね。

-: うつわが、この世からなくなってしまったら困りますね。

高橋: 困るかもしれないけど、困らないかもしれないな(笑)。
葉っぱでも食べられるし。

-: もともとは葉っぱか石でしょうから(笑)。
高橋さんは古いものも一緒に使われます。
東洋のものも、西洋のものも含めて。

高橋: 長い間使われてきて、それでも残っているものって意味があるものなのだと思います。
変化してきた存在感もあるのでしょうけど、とても魅力的です。
傷や欠けも美しいと思えるし、愛おしくさえ思います。
そういう時代を経たうつわや、有名無名関係なく、日本のもの海外のものという区別もなく、その中から自分らしいものを自由に選んで使うことがまた、楽しいんです。
花田さんの先代も、タミゼ(夫のアンティークショップ)にも若い作家の人を連れてくるでしょう。
今ではそういう人少ないのかもしれないけど、そういうおせっかいも、私は嫌いじゃない(笑)。

-: 我々は作家の人達に古いものを見てもらったり、使い手の声を伝えたりすることで、いっしょに、いいうつわを作っていきたいと思っています。
おせっかいかもしれませんけどね(笑)

高橋: 自分も年取ってきたから、おせっかいって言われるようなことでも、言っておきたいの。
私の言いたいのは「食べることって楽しいよ」くらいのことだけど。



うつわを贈る

-: 高橋さんは贈り物にもうつわを選ばれます。

高橋: 1人暮らしを始める時に何が欲しいと聞かれて、お言葉に甘えて自分では手の出ないものをお願いしました。
大橋歩さんの事務所にいたときに、大橋さんが使っていたお盆が塗りのもので、とても素敵でした。
そのお盆をお願いしました。
いまだに大切に使っています。
ひとに差し上げるときはあまりクセのあるものや、方向を決めちゃうようなものを選ばないようにしています。
結婚とか出産祝いには漆のお椀。
赤ちゃんのお祝いの時は名前をいれて差し上げると、みんなすごく喜んでくれます。
日本人である以上、漆のお椀で味噌汁は飲んでほしいから。
基本的なシンプルなお椀にしています。



ケータリングの仕事

-: 高橋さんはスタイリストの前、ケータリングのお仕事をされていました。

高橋: 大橋歩さんのもとで働いている時に、個展のオープニングパーティーなどに伺うことがありました。
ホテルから人が来てローストビーフなどの定番料理の時代から、見た目も美しく、食べやすさもおいしさも工夫された楽しいケータリングへと変わりつつある時代でした。
こんなに食で皆が喜んでくれる仕事っていいな、って思ったのがきっかけです。
料理家と組み、私は設え担当ですが互いにヘルプしあう。
まず自由が丘にキッチンスタジオを作りました。
メインはケータリングで、ベーシックには料理教室を。
月に何回か同じ作業をするので、練習にもなりました。
実演を見て手伝うということは、本当に勉強になりました。
レシピだけじゃ分からないことが多いですよね。
そのうちにスタイリングの仕事を頼まれるようになったのです。

-: 今の仕事のベースになっているのですね。



今、楽しいこと

-: 高橋さんの「今、楽しいこと」は何でしょう。

高橋: 夫の実家のある黒磯での生活と、東京の家との二重生活も9年目にはいりました。
実家に行くたびに気になっていた古くて大きな木造の倉庫。
壊されてしまうのなら、借りて住んでしまおうかという思いから始まりました。
手を入れ直していくこともワクワクして楽しかったし、なによりも私は若い頃にあこがれたNYのソホーでの友人宅、古いコットン工場を改装して広々と生活いる自由な様にあこがれていたので、とてもうれしかったんです。
夫のほうは、生まれ育った大好きな地、黒磯が段々に寂れてしまうことに心痛めていました。
自分たちが住むことにより、人の流れが少しで変わればいいなと思っていたようです。
住むのにはあまりに大きかったスペースのもう一棟は、それじゃあ、お店やろうかということになりました。
自分たちがやれる範囲内での、日曜、月曜日のみの二日間の店。
気持ちのいい空間を共有したいという思いもあります。
恵比寿のタミゼが本体ですが、ここでは私が店主として立ちます。
新旧、国内外の器や本など、生活がちょっと楽しくなるものを置き、普段会うことのない方々、言うなれば本の向こう側の人たちと会えるのは、とても楽しいことです。

-: 本と違って相手の反応が分かるし、伝える側と受ける側という壁も低くなって双方向の会話になりますね。

高橋: 私が立っているので、どうしたって食の話にもなったりもします。
オリーブオイルについて聞かれれば、そのもの自体の話から料理のレシピにまでとなり、しまいには、地元野菜がおいしいから道の駅で買って今晩こんなの作ってみて、みたいなところまで。

-: 随分具体的な会話ですね(笑)。

高橋: 始めは全国から私たちの店としていらしてくださっていた方々が主でしたが、ここ2~3年ようやく地元の人たちも気楽に来てくださるようになりましたし、旅の途中の方がふらっと立ち寄ったり、またうわさを聞いてきてくださる方もある。
入ってこられて、ふわ~っと顔つきがかわるだけで、うれしいです。
どちらからと聞いて、ああ…今こんなものがおいしいでしょうね…とかの話題になり、また教えてもらったり。

-: 高橋さんにとってもエネルギーになりますね。

高橋: そうそう、会津と聞いて大好きな会津本郷焼の鰊鉢の話となり、あげくにその夏は自分の鉢もって鰊漬け作りに行きました。
あるとき山形の里芋農家の青年に誘われて、秋には芋煮会に参加したり。
東京ではありえないことがいっぱい。

-: 凄いですね。
発生の仕方も事件的で、話の弾みで行ってしまうという流れが楽しそうです。

高橋: 仕事の依頼じゃないところがいいでしょう。
黒磯にいてこういう会話や、人とのふれあいがいいなあと思います。
そしてちょっと不便だったりすることから、工夫も生まれるし、有り余る環境よりもむしろ、心地いいと感じていることに気づきました。



ナイス!

-: 作る人へのメッセージは何かありますか。

高橋: 自分の仕事に自信と責任を持って欲しいし、名声とか評判とか気にせず、黙々と作っていただきたい。
それは、ちゃんと後からついてくるものだから。

-: 花田へのメッセージもお願いします。

高橋: うつわを探すとき、まず花田に行くのは、花田のうつわがセレクトされすぎていないからです。
流行に流されることも無く、安心感のあるものが幅広く置いてある。
飯碗とか冬になると土鍋とか・・・当たり前のことが当たり前に回っているお店って必要です。
実際、限られた作家のうつわだけだと、家の食卓は成立しないんですよ。
もちろんお店のポリシーも必要。
そして、置いてあるものを愛している人がいる店が好き。
昔、花田さんに突然手紙書いちゃったけど。
(以前、高橋さんから発送した包装をご評価いただくお手紙を頂戴しました)

-: あの梱包に関するお手紙ですよね。 みんな感激していました。
ああいうことを評価してくれるのは本当にうれしいことです。

高橋: ナイス!ですよ。
陶芸家の梱包でも、厳重過剰過ぎる人や、ぞんざいな人も。
そこからも、その人の姿勢とセンスが見えますよね。

-: 梱包や包装はうつわに対する思いが出ます。

高橋: 開けた瞬間、誠意は伝わってきます。
この店は信頼できる、って感じられるんです。
効率よくできるっていうのは、原則を分かっているということでもあって、それこそがプロだと思う。
そしてそれが信頼に繋がる。
食べ物屋さんでも、おしぼりが気持ちよくでてきたり、お手洗いが清潔だったりすると安心できるのと一緒です。

-: 基本的な部分をコツコツ継続することこそが、僕ら専門店にとっての拠り所なんだと思っています。
ちゃんと検品をする。 ものを適切に扱う。 適切に包装梱包する。
そして、それをずっと続ける。

高橋: きちんとした姿勢を持つ店は、伺っても気持ちがいいです。
信用って、そういう目には見えないところから生まれるんですよね、そしてまた行きたいなと思う。
長くおつきあいしたいと思います。

-: 有難うございます。
こちらこそ宜しくお願いします。


ページトップへ