花田:土井さんが木工、漆の世界に入られるまでを教えてください。(以下花田-)
土井:実家が手描きの友禅の家で、職人さんが着物を作っている中で育ちました。
子供の頃は、ファミコンもスマホもなかったですし、元々絵が好きで雨の日なんかは、一日中描いていました。
家を継ぐつもりでしたから、お絵描き教室にも通っていたのですが、そこの先生の本業が文化財修理で、夏休みに「千日回峰行おえた阿闍梨さんとこのお寺の修理の仕事があるから、ついてくるか」って誘ってくれたんです。小学校6年生くらいの時でした。
彩色の手伝いで泥絵具を練るだけの作業だったのですが、それをきっかけに、夏休みの度に色々な文化財の修理についていくようになりました。修学院やら桂離宮やら・・・。
-:楽しかったのですね。
土井:というか、お駄賃もらえたからね(笑)。
で、その後、美大に進学しました。
日展にも応募していて、その時はもう家を継ぐというより絵描きになりたくなっていて、ずっと絵ばかり描いていましたが、食えていけそうにもない。
そのくせ、修理の手伝いに相変わらず誘われると「絵の邪魔にならないくらいなら、いいですよ」なんて偉そうに答えていてね(笑)。
色々な修理をするのですが、そのうち漆の修理の責任者にしてもらいました。
-:漆と本格的に関わり始めるのですね。
土井:実は、僕、普通のゴムでもかぶれる程の体質なんです。
それが不思議なもので、なぜか漆にはかぶれない。
-:運命ですね。
土井:工芸の中でも「素材が作り手を選ぶ」のが漆です。
どんなに器用でも、体質的に漆が合わなければそれまでであって、そう考えると意気に感じるんです。「よくぞ選んでくれた」って。
それと、漆ってね・・・やきもち焼きなところがあるんです。
-:どういうことですか。
土井:漆の仕事って、作るのに半年から1年ぐらいかかるし、 道具代や材料代も馬鹿にならない。
お金になるのにすごく時間がかかります。
特に独立したての頃はつらくて「これなら喫茶店やうどん屋をやっている方がいいな」と思ったことがありました。そうしたら、目が腫れ出したんです。
パカッて腫れて、突然目が張り出してきてね。原因が全然分からないんです。
で、色々、考えて、考えて・・・「せっかく選んでくれたのに、別の職を考えていたことがバレて、漆が牙を向いてきたんじゃないかな」と。いくら考えても、それぐらいしか思いつかないんです。
せっかく自分を選んでくれた漆です。一途にいかなきゃいかんなと心を入れ替えて、しばらくたったら、治りました。
-:目が腫れても、そう思って前に進める。土井さんらしいです。
-:土井さんは塗りも木地もご自身で行います。
土井:最初は塗りだけでした。ただ、自分で図面を引いて木地を頼むと、100個くらいからしか受けてくれないんです。
独立直後で100って、相当な数ですよ。
例えば、京都のギャラリーを見本持って営業に回りますよね。いくつか注文をもらえるんですが、中には「もう5ミリ高台が高い方がええな」なんて言われる。
だけど僕としては100個売れないと、次が作れないわけです。
それで「これは人に木地を頼んでいたら無理だな」と。
-:それで、ご自身で木地も作られるようになったのですね。
土井:始めは木を丸抜きで譲ってもらって、それを鑿で1つずつ彫っていました。もう30年くらい前の話です。
そうしたら、ある皿がすごく売れ始めたんです。
売れるのはいいんだけど、それだけ自分で彫らないといけない。
自分の手だけでやっていたので、腰を悪くして立てなくなってしまいました。
そこで思いついたのがロクロでした。
ただ、陶芸教室と違って、木工轆轤教室なんて、その辺にあるわけでもないから、塗りの勉強をした輪島で教えてもらおうかなってなりますよね。
でも輪島は分業制で、職人が1つ1つの職業にものすごくプライドを持っています。当時、木地と塗りの兼業なんて異例なんです。
「一生かけて、一つの道を追求」って。
でもね・・・今回の人生では塗り、次の人生では木地とかいって、何回も生まれ変わっていられないじゃないですか。
-:(笑)
土井:で、まあ、頼み込んで教えてもらいました。
土井:因みに、あれは轆轤が出来るようになる前のもので、漆を染み込ませた縄を、石膏の周りに巻きつけて成形します。
内側と外側に縄があって、その間に浅布が8枚重なっているんです。で、更に全体を和紙で固めてあります。縄胎漆器というものです。
でもこれね・・・、えげつなく漆を使うんですよ。
-:(笑)。中まで染み込んでますものね。
土井:すごい額の漆代がかかることに気づいて、これで日常使うものを作るのは無理だなと。
ただ、これ、ものすごい丈夫ですよ。
-:これだけ漆を使っていたら、それはそうでしょう(笑)。
-:土井さんの漆の仕事は幅広いので、見ていてワクワクします。
土井:うまくいくと分かっていることばかり安定的にやっていると、面白みがなくなってきます。
漆器の1つのスタイルとして綺麗に、均等に、埃なく塗ることは素晴らしいことですが、それだけが漆じゃないなとも思っています。
だから、自分が思いついた範囲では、実験して色々と試しています。
僕は元々外れたようなことをしているので、僕が変なもの作っても多分あまり違和感がないと思うんですよ(笑)。
-:(笑)
土井:そういう意味でも、自由に作れるからずっと楽しいんです。
どんなに寝不足でも喜んでやります。好きだからいくらやっていても脳に負担がかからない。
-:時間があっという間に過ぎるとか、疲れを感じないとかって、そうことなのかもしれませんね。
土井:変に慣れて、心が入ってなくて、ザーッと流していくような作業にはしたくないと思っています。
ただ、李朝の皿なんかは、何個作ってもそうならない。
-:土井さんは古いモノも好きですよね。
土井:昔はたくさん見に行きました。ただ、あれは誰かが見つけて、誰かがもう価値を付けてしまっている安心な世界ですよね。もう、面通しは終わっている世界というか。
それを否定するつもりはありませんし、今でも好きですが、そうではないところでモノは作っていたいなと思っています。
-:コーヒーや煎茶に関わるものも色々作られています。
土井:元々コーヒーや煎茶が大好きですし、木工作家だからというよりも、素材が適しているからです。
何も知らないところから色々と調べ始めると、全部に意味があることが見えてきて楽しいですよ。
例えばコーヒードリッパーの角度が60度になっている理由とか、溝の大きさや深さによって落ちる速度が変わるとか・・・。
道具を疎かにすると、味に影響することがありますし、雰囲気で逃げられる世界と、こういうもののように雰囲気だけでは済まない世界がある。
ドリップも深煎りの場合「点滴注水」で落とす、あれができないとなると、美味しいものを淹れられなくなってしまいます。それには、木がすごく向いていると思います。
-:コーヒーや煎茶以外にも好きなものはありますか。
土井:ウイスキーは色々集めました。
-:ウイスキーに関係したものも作られたのですか。
土井:今では笑い話ですが、オーク樽と同じ材料を使って、外側だけ漆を塗ったぐい飲みを作りました。
普段はずっとそこにウイスキー入れておいて、サランラップしておいてくれと。つまり、ぐい飲みでウイスキーを熟成させるわけです。
ただ、内側からウイスキーが染み込んではいくんですが、外側には漆を塗っているので、出口がないんです。
そうすると、外側の漆が、出ようとするウイスキーに押されて剥がれてきてしまう。
それで、それの修理の依頼がどんどんきてしまって・・・。ずっと悩まされてね、それに(笑)。
-:展示会、宜しくお願いします。
土井:漆と言っても、僕の場合あまり伝統的なものではありません。
「こんなこともできるんだ」という部分を楽しんでいただきたいです。
-:楽しみにしています。よろしくお願いします。