最近のこと
花田:前回の個展からおよそ3年が経ちます。
最近はどうお過ごしですか。(以下花田-)
岸野:この冬、自分が持っている古い向付にそれぞれおでんを具材別に盛り付けてみたんです。
いきなり食べ物の話でスミマセン(笑)。
-:いえ、楽しいですので是非。
岸野:骨董の向付を揃いで持ってないので、そこまで使い込んではいなかったのですが、それが想像以上に面白くて、なぜこの向付が料理を引き立てるのかということが整理されたんです。
特に向付は「食材にどう集中させるか」なんです。
色々試したことで、その「集中させる」パターンも見えてきました。
-:「食材に集中」ですか。とても分かりやすいです。
「料理をひきたてる」なんて言いますが、よく考えると、なんか漠然とした表現ですよね。
岸野:そうそう、いざ形にしようとすると、よく分からないんですよ「引き立てる」って。
-:モノとして気に入っている骨董を目標に置いてさんざん作ってきたからこそ、そうやって使うことでさらに進めたのかもしれません。
岸野:作り手である僕がただ楽しく使うだけだと、仕事になりませんが、モノそのものに没頭したことを経ているからこそ「使う」ことで新たな着眼点を得ることができた気もします。
いずれにしても「食材に集中させる」ことを考えられたのは大きいです。
見てみると造形、線など色々なことが集中させる手段になっているんですよね。
魯山人は意図的にそれをさんざんやっていたということなんだと思います。
-:あの人は目標がはっきりしていて、徹底しています。
「うまく食べるため」というシンプルなテーマ。
岸野:それも俯瞰的に。
かたちは似ていても新たなもの
-:特に最近は真っすぐにご自身の仕事と向き合われているように思えます。
岸野:以前にくらべると「『自分が何に魅力を感じ、そこを形に変える事』に集中すること」が自分の仕事だと思えるようになってきました。
「何が売れるか」と、外側のことを考えるよりは、自分に意識を向けていったほうがいいなと考えています。
-:何か、そう考えるようになったきっかけはあったのですか。
岸野:(しばらく考えて)外側のことを考えながら作ったものに対して自分自身が感動できず、自分自身が満たされなくなってきたんです。
自分で作っているのに、そこに自分がいなくなっているような。
前はそれで十分喜べていたのに・・・。
-:技術的な話ではなさそうですね。
岸野:技術が身に付くまでは、外側から捉えた物でも技術的な到達を意識する中で気持ちが入って行くと感じます。
でも、どこかのタイミングでそれが出来て当たり前になると、さて「次」はなんなのかと。
新たなことを試みるのも一つですけど、同じものを深めていくということもあります。
結局、自分が好きなものはそんなに変わらないし、スタンダードな良さというのはあるわけです。
「新しい」ものを求めるあまり、前に作ったものと違うものを作ろうとすると、どんどん普通のものではなくなって、どんどん使いにくいものになっていってしまう。
一方で、同じものを作っていても、以前作った物や古陶などを見本と固定化し比較の中で作るのではなく、造っているその瞬間の目の前の物を感じ、心にある魅力を形にしていく事で形は似ていても新たな物となる。
そうありたいと考え取り組んでいます。
展示会に向けて
-:今回の展示会では豊富にうつわを用意いただきましたし、さらにそれ以外も充実しています。
この掛花も面白いですね。
岸野:きっかけは、垂撥でした。
垂撥を使うと、花がとても活きるんですよ。
理由を考えてみると、背景が花のうつりをよく見せているのではないかと思って、花器そのものを背景にしてみようと考えました。
-:一見、作りは独特ですが、受け入れる花の範囲は広そうです。
岸野:花が入れやすいように工夫したつもりです。
「真っ直ぐ花が立つように」「短い花でも、長い花でも」・・・。
どうやったら自然に見えるか、随分考えました。
それと、どうですか、あの甕。
-:「底光り」ですね。
岸野:あの甕の景色、火がどういう風に流れるか想像しながら詰めるので、窯詰での関与はしていますけど、窯焚きでの関与はしていません。
今までは窯の奥でああいうガサっとした景色が出るものだと思っていました。
でも今回の窯はそれが逆転しています。
奥が温度が高く、手前が低いのを利用して窯を詰めました。
薪の大きさにも気を使っています。
-:薪の大きさは仕上がりに影響を与えるのですか。
岸野:どっちに火が走るかが大きく変わるし、特に倒炎式の窯は、ものすごく状態が変わるので微調整しています。
松脂ののりかたなども重要ですけど、大きさも相当影響します。
-:適度な大きさというものがあるのですか。
岸野:僕は自分で薪を割っているので、色々調節できるということもありますが、普通の人ならこんなに大きなもの入れないっていうくらいの大きさのものもいれています。
まあ、昔の人はチェーンソーもないし、原木をそのまま入れていたはずです。
長い木そのまま燃やしては押し入れていただろうと。
-:モノそのものから「これはこうして作っていただろう」と推測することも多いと思いますが、「チェーンソーがない」なんていう社会状況から「こんなことをやっているはずがない」って予測していくこともあるのですね。
岸野:そういう想像はしょっちゅうしています。
-:「こうやってはみたけれど、考えてみると昔の人がこんなことをするはずがない」なんて、よく話されていますよね。
岸野:現代陶で当たり前とされていることも、当時の外部環境を考えれば「やるはずないよな」ということは結構あります。
だって、薪をこんな50cmに切るなんて絶対やらないですよ。
全部のこぎりでひくんですよ(笑)。
-:膨大な作業量ですよね。
岸野:膨大ですよ(笑)。
いくらこんな太い腕してるって言ったって、やらないですよ(笑)。
-:そこに大きな意味があればやるでしょうけど。
岸野:あるとすればすごい短時間で焚けるとか・・・。
それもどうでしょうか。
モノが背負う空気
-:今日展示会に出品いただくうつわを拝見しましたが、全体としてすごく穏やかというか、静かな感じがしました。
岸野:先程お話した事を意識し作りました。
自分の実感がモノに移って欲しいと思い、「ロクロが滑る」ことにならないように。
-:「ロクロが滑る」とは?
岸野:形はキレイにできているけど、気持ちが伝わってこないというか、込められていないというか。
僕自身、職人が長かったので、手先の作業で形にしてしまいがちなんです。
-:職人の仕事というのは、そういうことを求められている側面もあるのではないですか。
いちいち職人が思いを込めていたら仕事にならない、というか、一定のコンディションで作り出していくことも求められます。
岸野:そうですね、でもそれは近代の職人のお話ではないでしょうか。
-:ただ、その一定のコンディションに上乗せするような思いや気持ちだったりするのでしょう。
岸野:近代までは職人仕事も大雑把な物が多く、そういった物の方が私は魂を感じます。
中でも集中力の高い職人の仕事はビンビン感じます。-:それは作った本人が持つものなのでしょうか。
岸野:時代背景は重要でしょうね。
社会全体の意識が高い中で職人の意識が高くなり、その中から突出した感性の職人が出てくる。
桃山の名品はそのような中で生まれたのかなと想像しております。
単に名プロデューサーの存在だけでは説明が付かない強い気配のあるものが多いですよね。
-:どういう時にそういったことを気付くのでしょうか。
岸野:作品を凝視するところからです。
モノが背負っている空気が伝わってくるんです。
-:岸野さんは、ご自身の仕事に、どのような「背負う空気」を求められますか。
岸野:自分自身の暮らしがそのまま作った物の空気となり、にじむ匂いになると思うんです。
背筋が伸びる物、笑顔になる物、涙が出る物、色々有って良いと思いますが、心が暗くなったり、だらしなく感じる物は使い続けられませんよね。
人の喜びを自らの喜びに
-:ご自身の暮らしと仕事も密接に関わっていますね。
岸野:自分の仕事を深めていくためには、自分自身の生活を深めていく必要があると考えています。
「自分の実感」が必要で、頭の中での思考的なことのみでは進んでいかないと。
生活を深める一つとして借り物で無い自分自身の感性を磨くことがあると思います。
と頭でそう思ってかしこまっても楽しくないと続きませんよね。
その一つが、僕の場合、食事の中で、何を食べて、どう楽しむかが中心になるのですが、実際食べながら自分が「その時間を楽しく過ごせているか」「食に対してどういう風に感じるのか」「その食材がどんな風に見えるのか」ということを日頃から磨いていかないといけないなって。
特に最近はそういうことを意識するようになりました。おでんのお話もその中での事です。
-:人に喜んでもらうというのはそういうことですよね。
人に喜んでもらおうとした時に、実感なく予想して「こういうもんだろう」とか「こうしたら喜ぶんじゃないか」って知りもしないものを勝手に作り上げても難しいですよね。
以前にも「実感がないものは通用しない」と仰っていました。
僕は岸野さんが人をもてなしているのを見ていると、焼き物がああいう風になっていくのが分かります。
岸野:その時間をいかに喜んでもらうかってことに、尽きます。
-:人の喜びを、自らの喜びにできるのは才能です。
岸野:でも、なんでしょうね、よくよく考えると、今みたいに食事をもっと楽しくしてみようと、色々試し始めたのも、仕事ばかりで出かけることも少なくなって「家で子供たちをなんとか喜ばせたいな」って思うところから始まったのかなあ。
-:シンプルに、目の前の人の喜んでいる姿が好きなんですよ、岸野さんは。
これからも、ずっとそれを続けていかれるのだと思います。
岸野:自分の作った物が、人の暮らしの喜びの一翼となればこれほど幸せな事は無いですよね。
-:ありがとうございました。
展示会、よろしくお願いします。
岸野:よろしくお願いします。