音楽の世界へ
花田: 安部さんはお父様も陶芸のお仕事をされています。(以下花田-)
安部: 父は船木研児さんに師事し、地元の島根で独立しました。
子どもの頃、父親の仕事場の粘土で遊んでいたことは覚えていますが、将来の自分の仕事としては全く考えていなくて、音楽の道に進むつもりでした。
実際、高校卒業後は、東京の音楽専門学校に通って、その後、当時組んでいたバンドで事務所に所属していました。
-: 事務所に入れるなんてすごいですね。
安部: 組んでいたバンドのメンバーの中に才能のある人がいました。
ぼくの力ではありません。そのくらいまで行く人はたくさんいます。
その後広く認められたり活動を継続したりすることが大変なんです。
-: どのような音楽をやっていたのですか?
安部: そのころ多かったブリティッシュロックです。
オアシス、レディオヘッド…。
音楽から陶芸へ
-: バンド活動後、陶芸の世界に。
安部: 20代後半くらいから考えるようになりました。
どんな仕事でも自分の感性を表現していきたいと思っているので、音楽が陶芸に置き換えられた感じです。
-: 媒介が代わっただけで、表現したいことが変わったわけではないのですね。
安部: そうです。
ちょうどそのころ、工芸の世界も変わってきていて、開かれた世界になりつつもありました。
ただ、父親の仕事をずっと見ているから、難しさも分かる。
一時的に注目を集めることはできても、技術や感性を向上させつつ、しっかりしたモノを作り続けることは甘いことではありません。
-: 身近でずっと見ていればこその実感です。
「よいもの」の意味
-: そして、お父様のもとで修業を始められます。
安部: 父に技術を学びながら、美術館や図書館で陶芸の歴史や理論を勉強しました。
自分が興味あるものだけでなく「名品」と呼ばれるものをできるだけたくさん見に行きました。
「よいもの」の意味を確かめたかったのだと思います。
ただ、分かったのは、自分がやりたいと思っていることと、歴史的に評価されているものが完全にずれているなという…(笑)。
-: 安部さんには「歴史的に評価されているもの」がどのように見えたのですか。
安部: 理解はできるんです。風格とか焼きとか…すごいのはわかるんです。
ただ、「僕自身から出てくるものではないな」と思いました。
それは昔のものだけでなく、当時第一線で活躍されていた陶芸家の方々の仕事に対してもそうでした。評価されている作品にはそれ相応のエネルギーが感じられます。
それはその作り手自身のエネルギーであって、その作品を追いかけてどれだけ上手に真似しても、自分の内側から湧き出したものでない限り、自分で作るという実感がわかないというか。
まあ、当時は「見とかなきゃ」みたいな感じでした。
で、9年後に独立しました。
絵画の中から
-: 安部さんが今作られているものには、ヨーロッパの雰囲気を感じさせるものが多いです。
安部: 特に目指しているわけではないのですが、西洋の絵や音楽が好きだったので、その影響が出ているのかもしれません。
-: 工房には、クートラスの画集もありますね。
安部: 大叔父が画家で、陶芸の勉強をし始めたころ、色々な話をしてくれました。
この仕事場も大叔父がアトリエとして使っていた場所です。
クートラスやモランディ、大好きです。
絵画の中の焼き物を「こういう風に作ってみようかな」って試行錯誤するのがとても楽しかったです。
-: 起点は絵画の中にあるものだったのですね。
安部: 形に落とし込むときにアンティークを参考にはしますが、出発点がそこにあったわけではありません。
あと、食器としての実際の作りは、職人仕事をしていた父親から学んだ技術や知識がベースです。
静かな石造りのまちに響く歌声、笑い声
-: ヨーロッパにはたまに行くのですか。
安部: 3年前に、宗教美術の勉強をしたくてイタリアに行きました。
その国に流れる空気、そこで暮らす人々、教会やそこにある備品…、観光ではなくそこに滞在して感じてみたいと思いました。
-: どのあたりを訪問したのですか。
安部: フィレンツェを拠点に、アッシジ、アレッツォ、ルッカ、コルトーナ、オルヴィエート、シエナといった古い街に行きました。
-: どこの国でも、中心部より、地方のそういう町のほうが、国柄は残っていますよね。
安部: フィレンツェのウフィツィ美術館なんかに行くと、有名な美術作品がたくさんありますよね。
宗教を背景に、国の力を誇示するために政治の力で美術品ができた経緯もあるし、スケールもクオリティもすごいんです。
「どうだ!」という威圧感もすごいんですよ。
観光でサラッと見るにはいいんでしょうけど、自分が求めていたものとは少し違いました。
少し離れて、古い城のある町なんかに行くと、昔ながらの石造りの町並みがきれいに残っているし、教会もこじんまりしていて、そこで暮らす人々にとっての祈りの場としての空気も現実として感じます。
人々がそこで心沈めて、また日常生活に戻っていく風景を想像できます。
実際にシスターたちの歌う聖歌や子供たちの笑い声が、静かな石造りのまちに重なってきて、そういう全体の空気がすごく好きなんです。
-: 絵から想像していた空気を感じることができたのですね。
安部: モランディなんかが描く光の優しさを感じられたと思います。
自分のことを深く知る
-: 仕事をする上で、安部さんが大事にしていることを教えて頂けますか。
安部: 自分の手で作ることです。
イタリアから帰ってきて考えたのは「自分の手から生まれてくるものって何だろうか」ということです。
以前はよく、ジャンルを聞かれました。
「民芸とか、茶陶とか、生活工芸とか色々あるけど、君はどこなの」って。
でも、それに自分で答えるのって、無理がありませんか。
ジャンルを決めてから制作しているわけではありませんから。
自分の感性を出発点にしていると、作ることに対して、すごくポジティブになれるし、自由になれるんですよ。
だから、僕はオブジェも作るし、食器も作る。
僕にとって「自分の手で作る」というのはそういうことも含みます。
-: 以前は教育も含めて個人を枠にはめることが、機能していました。
今は個人から出てきたものを磨くほうが、時代に合っているような気がします。
安部: 価値観も多様化しているし、海外の人だって興味を持ってくれる。
「ジャンル分けは自分の可能性を狭めるようであまり面白くないな」というのが最近思う所です。
-: 今はその気になれば、人々が自由に行動しやすい環境があります。
安部: 音楽の聴き方も、ストリーミングの時代です。
古い曲を20代の子が「いい!」と言うし、20代の子が作ったものを僕らが好きになることもあるわけです。
そういう、古い新しいとか流行り、売れてる売れてない、あらゆる枠や先入観をなくして「好きか嫌いか」を自分に問うことは、とても大事なことで、-服でも音楽でも-自分のことを深く知り、直観を磨くということにつながっていくと思います。
美味しいものを食べること、人と会うこと
-: そういう一つ一つが、もの作りにも影響を及ぼしていくのですね。
安部: 制作工程は、一つ一つの判断が積み重なって最終的にいいものを作ろうというのが目標ですから、その判断をどれだけ迷いなく正確にできるかが大切です。
どの土を使うか、どの形でロクロをとめるのか…生活の中では精神的に不安定になって、判断が鈍ることもあります。
安部: 思わず着たくもない服を買うのと同様に。
そういうこととも付き合いながら、自分の中での軸を正確にしていくことが、良いものを作ることの根底にあって、その道のりが楽しいのかなとも思います。
社会経験も必要だし、いい音楽を聴くこと、美味しいものを食べること、人と会うことも大事だし、それら一つひとつが制作につながっています。
これから
-: これからやっていきたいことは、何かありますか。
安部: 自分にしかできないことを追求していきたいと思っています。
あと、最近、DJをやってみようと思って、今まで聴いてきた音楽をレコードで少しずつ買い直しています。
陶芸ではないけれど、これからやってみたいことではあります(笑)。
-: 楽しみです。DJやるときは呼んでくださいね。
展示会もよろしくお願いします。
安部: こちらこそよろしくお願いします。
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